ある春の午後。
つるるんとんの扉が、そっと開きました。
入ってきたのは、
真っ白な毛並みに、少しだけ疲れた目をした――
うさぎ君でした。
耳はぴんと長いのに、
どこか自信がなさそうに揺れています。
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「今日は、全部お願いします。」
ヘアカット、
お顔剃り、
毛穴洗浄、
そして、極みヘッドスパ。
つる君は、
にこりと笑って言いました。
「もちろんです。今日は、どんな風に整えましょう?」
うさぎ君は、少し迷ってから言いました。
「……かっこよく。
みんなが“すごいね”って言ってくれる感じに。」
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どうやら、うさぎ君は
“うわさの風”に振り回されているようでした。
「○○君は最近人気らしいよ」
「△△さんの髪型が今いちばんおしゃれらしい」
「フォロワーが増えたらしい」
そんな言葉を聞くたびに、
うさぎ君の胸は、ざわざわします。
“ぼくも、すごいって言われたい。”
“置いていかれたくない。”
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つる君がハサミを入れます。
ちょき、ちょき。
うさぎ君の前髪が、少し軽くなりました。
「前髪の長さはどうですか?」
つる君がやさしく聞きます。
うさぎ君は、
「……どうかなー?僕は短めが好きです。」
少し考えて、つけ加えます。
「でも、前髪は長め方が流行っていますよね……じゃー長めのままで。」
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次はお顔剃りとお顔の毛穴洗浄。
るんちゃんは、
うさぎ君のお顔剃りをしながら、静かに言いました。
「うわさや流行りってね、
風みたいなものなんです。」
「強く吹くと、
心の中まで揺らしちゃう。でも、
風は止むし、また新たな風が吹きはじめます。」
お顔の毛穴洗浄の温かなスチームが、
うさぎ君の頬をやさしく包みます。
ざわざわしていた心が、
少しずつほどけていきます。
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極みヘッドスパ。
るんちゃんの手が、
うさぎ君の頭皮をゆっくりほぐしていきます。
雲の中でフワフワ浮いてるような感覚。
こり固まっていたものが、
するすると溶けていく。
「……ぼく、
いつも誰かと比べてた。」
うさぎ君の声が、
やわらかくなります。
「いいねの数とか、
誰かに褒められたいとか。」
すると突然うさぎ君は、つる君に言いました。
「やっぱり自分が好きな短い前髪にしてください。」
つる君はニコッとして
「もちろんです」
ちょき。
その前髪を切るハサミの音は、
誰かと比べる気持ちを
切り落とす音のようでした。
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施術が終わり、
鏡の前に座るうさぎ君。
鏡の中のうさぎ君は、
流行りとは少し違う前髪でした。
でも。
うわさの風に吹かれず、
自分の好きな前髪の長さに表情も、凛としていました。
目の奥に、あたたかな光が戻っていました。
「……これが、ホントのぼく。」
ロナが足元で、くるんとしっぽを振ります。
それはまるで
“ほんとの自分に会えたね”
と言っているみたいでした。
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帰り道。
うさぎ君は、
スマートフォンを一度ポケットにしまいました。
今日の写真を、
すぐに投稿するのはやめました。
まずは、自分の目で、
今日の自分を見てみようと思ったのです。
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つるるんとんの店内には、
静かなやさしい空気が残りました。
うわさの風は、
またどこかで吹くかもしれません。
でも。
自分を整える場所を知っているうさぎ君は、
もう、前みたいには迷いません。
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今日もひとり、
心が少し軽くなって、
つるるんとんから帰っていきました。
〈おわり〉