さて今日は、
どんなお客様がつるるんとんにいらっしゃるのだろう。
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カラン、という鈴の音は、
いつもより少し硬く響いた。
入ってきたのは、
つやのある黒い羽を持つカラス君。
かなり長めに伸ばした髪(羽)は、
整っているようで、どこか落ち着かない。
グレーのスーツに黄色いネクタイ。
姿勢はまっすぐだが、肩には力が入りすぎていた。
「予約をしているカラスです」
そう言いながら、
店内を一瞬で見回すその目は、
お客というより、
検査官のようだった。
実はカラス君は隣町のさんぱつ屋さん。
つる君は、少し違和感を感じたが、いつも通りの声でカラス君に話かけた。
「今日はどうされますか?」
カラス君はニヤッとして
「全部。
どうせなら、一通りね」
その言い方に、
るんちゃんはほんの少しだけ胸がざわついた。
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カットが始まる。
ハサミの音が、
静かな店内に心地よく響く――
はずだった。
「……その角度」
「普通、もう少し攻めません?」
「今どき、そんなライン?」
言葉は軽い。
だが、毎回、的確に刺してくる。
つる君の指先に、
わずかな震えが走る。
「こんなカットしか出来ないんですか?」
その一言で、
空気が一段、冷えた。
つる君は、
深く息を吸ってから言った。
「お好み、ありますか?」
「ありますよ。
でも、言わなくても分かるでしょ?
プロなら」
その言葉に、
るんちゃんは思わず視線を伏せた。
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つる君は自分を信じるしかなかった。
無言でつる君は、自分を信じるままにハサミを黙々と動かしてカットを終えた。
次はるんちゃんの番。
お顔剃り。
毛穴洗浄。
極みヘッドスパ。
つる君はるんちゃんの耳元で「いつも通りで大丈夫だからね。」とささやいた。
るんちゃんは少し緊張がほぐれて、いつもと同じように顔剃りを始めた。
蒸しタオルを乗せた瞬間、
カラス君の肩が、すっと下がった。
「……この感じ」
低くつぶやく。
「昔、
店を始めたばかりの頃を思い出す」
るんちゃんはただ聞くだけで何も聞きかえさなかった。
次は、お顔の毛穴洗浄。
「お客さんが一人来るだけで、
心臓がうるさくなるくらい緊張してた」
極みヘッドスパでマッサージしている
指先が、
ほんの少しだけ力を緩める。
「隣の店が繁盛してるのを見るたびに、
自分が置いていかれてる気がして」
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ヘッドスパの終盤。
ロナが、
いつものように、気まぐれに近づいてきた。
何も考えず、
ただ、そこにいる。
カラス君のくちばしが、
わずかに震えた。
「……見られるのが、怖かった」
声が、少しだけかすれる。
「技術が落ちたと思われるのも」
「余裕がないって、気づかれるのも」
沈黙。
「だから、先につついた」
「つついて、
自分のほうが上だって思いたかった」
ロナは、
じっとその顔を見上げている。
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仕上げ。
鏡を正面に向ける。
「どうでしょう」
カラス君は、
長いこと、黙ったまま自分を見つめていた。
先ほどまでの、
鋭い目ではない。
「……正直」
ゆっくり、言葉を探す。
「思ってたより、
ずっといい」
羽を整えながら、
小さく笑った。
「悔しいですね。
こんなに、楽になるなんて」
会計を終え、帰り際。
カラス君は、
ドアノブに手をかけてから、振り返った。
「今日は……すみませんでした」
その一言は、
とても小さかったが、
確かだった。
「また、来ます」
「今度は、
ちゃんと“客”として」
ロナが、
短く、やさしく鳴いた。
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ドアが閉まる。
つる君は、
しばらくその場に立っていた。
「怖かった?」
るんちゃんが聞く。
「うん」
つる君は笑った。
「でもね」
「最後、
少し軽くなってた」
るんちゃんは、
静かにうなずいた。
店内には、
さっきまでのトゲは残っていない。
羽音の消えた、
やさしい静けさだけがあった。
さて次は、
どんなお客様が来られるのだろう。
〈おわり〉